*--Diary--*


尾瀬  2006/06/05(月)
フィールドアーチェリー公式試合  2006/05/22(月)
思い出  2006/05/13(土)
越後三山  2006/05/09(火)
18年税制改正法案成立  2006/04/25(火)
まもなくゴールデンウィーク  2006/04/19(水)
日本山岳会のレベル  2006/04/04(火)
優勝  2006/03/20(月)
登山ガイド  2006/02/28(火)
短歌  2006/02/18(土)


尾瀬
久し振りの尾瀬は残雪が多かった。
鳩待峠から山の鼻に下ると雪原状態だ。
さすがに尾瀬ヶ原は雪が消えていたが、
水芭蕉はまだ小さいのが多く、ピークは今度の週末だろう。
温泉小屋に泊まり、尾瀬の夕べを眺めながらひとときの歓談。
思えば、高校で山岳部に入り、始めて行った山が尾瀬だった。
あれから30年以上が経ち、子供を連れて再び尾瀬を訪れた。
子供達に尾瀬の風景はどんなふうに映ったのだろう。
私がそうであったように、
子供達もこれから自分の人生を生きはじめる。
彼等が大人になったとき、
尾瀬の美しさが今のままであってほしい。


Date: 2006/06/05(月)


フィールドアーチェリー公式試合
昨日は日本フィールドアーチェリー協会の公式試合に
行ってきた。去年から射場の貸し弓でアーチェリーは
していたが、本格的に始めたのは今年、自分の弓を買ってから。
クラブの先輩に誘われて始めて出た公式試合の結果は...。
ベアボウ出場11名中7位(^^;
ま、こんなもんでありましょう(^^
上位三位までは全日本選手権を狙っているような人達で、
この三人は点数がワンランク上。
以下8位までは、どんぐりの背比べかな...。
天気も良く、他のことを考えずにターゲットを狙う
ひとときはなかなか楽しい。
Date: 2006/05/22(月)


思い出
人には誰も幼い時の思い出がある。
東京で生まれ、小学校一年の時に引越した。今でもたまに、
近所に住んでいた幼馴染の女の子のことを時折思い出す。
記憶が定かではないが、父親が病気で家で療養していたようだ。
一間だけの小さなアパートに住んでいたような気がする。
貧しいその子はその貧しさゆえにいじめられていた。
小さい子供によくある、罪のないいじめなのだが、
やはりその子にはつらい事であっただろう。
昭和30年代。あの時代の貧しさには、しかし未来があった。
彼女も貧しかった少女時代を今は良き思い出にしてくれて
いればいいと思う。あの時代の貧しさは誇りにすることのできる
貧しさでもあるのだ。

   暗き戸のふいに開きてよみがえる記憶のごとく少女出できぬ

Date: 2006/05/13(土)


越後三山
連休は新潟の巻機山の北にある五十沢キャンプ場でキャンプをし、
八海山に登り苗場でスキーをしてきた。去年以上の残雪で、
八海山の広い雪の斜面に座り魚沼平野に広がる雲海を眺めてきた。
こんなふうに子供達と山に登れるのもあと何年だろう。
いずれ子供達も自分のしたい事をするようになる。
いつまでも親に付き合ってはくれない。

  頂きに登りし子等の肩越しに越後三山白く光るも

Date: 2006/05/09(火)


18年税制改正法案成立
毎年の税法改正。最近の動向としてとても気になる事がある。
改正の手法に深い疑問を抱く。
税制調査会の審議が終わる年末になって新しい改正条項を
いきなり法案の中に入れてくる。
そして審議らしい審議もないまま国会に提出。
本来、国会で充分な審議がされなければならないのだが、
国会議員は法案を審議するヒマがない。
そのこと自体がおかしいのだが、
結局、法案はまともな審議もなしに国会を通過成立する。
官僚はそれを見込んで税制調査会の審議が終わる年末になって、
新しい改正条項を法案に入れる。
これは民主主義の否定である。
そういう官僚も、それを良しとする税制調査会の委員も、
彼等は民主主義を否定していると言わざるを得ない。
18年税制改正法案が成立。
中小企業の経営者だけを狙い撃ちした異常な法律が成立した。

Date: 2006/04/25(火)


まもなくゴールデンウィーク
先日、久し振りに谷川岳に行ってきました。
今年は残雪多いですね。西黒尾根から大きな雪崩の跡が
西黒沢に続いていました。去年も残雪多かったんですが、
今年は去年以上かもしれません。去年は雪が多すぎて
越後三山のあたりは縦走できないような感じでしたが、
今年はどうでしょう。まもなくゴールデンウィーク、
日本の山が一番綺麗な季節になります。
Date: 2006/04/19(水)


日本山岳会のレベル
先月、山の仲間が遭難して死にました。
彼は別の山岳会に属していたのですが、私の属している
山岳会にも顔を出し、一緒にアルプスやアフリカに行きました。
なぜ、彼ほどのベテランが死んだのか?
現場にいなければ分からないいろいろな事があったのだと
思うのです。この遭難について日本山岳会の理事が新聞で、
「冬山装備での凍死は考えられない」とか、
「花も咲いたのでという気分での入山」などという発言を
しました。
大人は状況も分からずに安易にものを言うものではありません。
冬山装備での凍死が考えられないのなら、
多くの冬山での遭難と凍死を彼はどう説明するのでしょう?
遺族の前に行って、「花も咲いたので」と言えるのなら
言ってみたらいいのです。
この理事の発言は日本山岳会のレベルがどの程度のものかを
示したものと言っていいでしょう。
Date: 2006/04/04(火)


優勝
確定申告で仕事に追われ、しばらく書き込みが出来なかった。
で、昨日はフィールドアーチェリーの射会。
今年に入り自分の弓を買い、調整した上での参加。
それ以前の高得点が出るわけのない貸し弓でやっていたときの
高いハンデに助けられ見事優勝(^^
ま、これでハンデは引き下げになるから
最初で最後の優勝かな(^^;
コースの森にリスが沢山いた。

Date: 2006/03/20(月)


登山ガイド
 山岳会の後輩がプロの登山ガイドになった。
あの世界もなかなか厳しく、プロとしての値打ちを
上げるためにはそれなりの経歴を積まなければならない。
アルプスやヒマラヤでの登山経験は看板になるわけである。
彼もヒマラヤのアマダブラムや南極のビンソンマシフに登頂
している。一緒にアルプスに行ったのは15年ぐらい前か?
思えば最初に会に入ってきたときは痩せっぽちの高校生だった。
すっかり逞しくなりプロとしての道を歩む彼には清々しいものが
ある。なにかにひた向きになった若者の清々しさだ。
最近、そういう若者が少なくなったので余計、それを感じる
のかもしれない。
Date: 2006/02/28(火)


短歌
 雪の夜の窓を全開 明日までと言われし歌が十首も足りぬ
                      永田和宏
永田和宏のような歌人でも歌を作れないことがあるのだろうか。
毎月の短歌結社への投稿が作れずに苦しい思いをしている。
ある程度歌を作ってくると自分の歌の瑕が見えてくる。
もっといい歌を、という気持ちが出てくる。
作っても作っても自分の歌が気に入らない。
このままもう歌が作れないんじゃないかという気がしてくる。
ただでさえ仕事に追われていると歌を作る時間もとれないのだ。
自己を表現したい。
自分の人生をなんらかの形で表現し、それを残したい。
仕事だけで終わる人生を行きたくはない。
Date: 2006/02/18(土)


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