短歌結社の全国大会で大阪に行ってきた。
週末二日間の開催なのだが、
今年は日帰りで日曜のプログラムだけに参加した。
溜まっているマイルを航空券と交換して交通費はタダ。
早朝の飛行機に乗り、９時前に会場の帝国ホテルに着いた。
午前中はまず全体歌会。前日の土曜日に数グループに分かれて歌会をしているのだが、
それぞれのグループ別に互選と選者選の歌がピックアップされていて、
全体歌会はそれをあらためて選者が講評する。
つまり沢山の歌のなかから選ばれた歌なのだが、
ちょっと甘い歌や瑕が目につく歌がいくつかあって、
会場でばったり会った横浜歌会の岡部史さんと一番後ろの席に座り、
「横浜に出たらぼろくそに言われそうな歌が結構入ってますね」
などと話していた。今年はいい歌がちょっと少なかったのかな？
しかし、互選賞で次点になった、なみの亜子さんの歌などはいい歌だと思った。
そのあとは、選者に聞く、というプログラム。
日頃、選者に聞いてみたいけど聞けないようなことを聞く、という趣旨だが、
やはり、選歌の基準は？ という質問が一番多かったらしい。
昼食を挟んで午後からは一般公開のプログラムになる。
今年はちょっと変わっていて、
平田オリザ主宰の劇団「青年団」によるアンドロイド劇場とそれに続くアフタートーク。
短歌結社の全国大会での出し物としてはちょっと珍しい。
アンドロイドというのは人造人間のことであるが、
会場に現れたアンドロイドは若く綺麗な女性。確かに人間にそっくり。瞬きもしている。
近未来の設定で、飾り気のない黒い服を着たアンドロイドの女性は、
病気でいずれ死を迎える少女のために、毎日、詩を朗読するのを役目にしている。
舞台の上で、アンドロイドの女性の詩の朗読、少女との会話があり、
やがて少女はいなくなり、暗い舞台にアンドロイドだけが残っている。
そこに現れる宅配便ふうの男。彼はアンドロイドの様子をどこかに携帯で報告する。
「大丈夫だと思います。使えると思いますよ」 「ねえ、大丈夫だよね？」
宅配便の男の問いにアンドロイドの若い女性は答える。
「はい、大丈夫です」
「大丈夫ですよ」
「はい、大丈夫です。はい、大丈夫です。はい、大丈夫です。はい、大丈夫です」
「ちょっと、待ってください」 「ねえ、なんで繰り返したの？」
「え？」
「今、同じことを繰り返したでしょ？」
「はい？」
「すいません、少し壊れているのかも・・・。」 「どうしてそうなったの？」
「．．．あの、長い間ひとりでいたからかもしれません」
「ふーん」 「はい、ええ、少し壊れいてるけど使えると思います。じゃ、送り先を」
携帯で話をしていた宅配便の男は送り状を書いてアンドロイドに告げる。
「君は新しい仕事に行くんだよ。大勢の人が死んだんだ。そこに行って鎮魂の詩を
朗読してもらいたいんだ。これから君をそこに連れていくけど、５キロ圏内は人間が
入れないから、そこからは君と同じロボットが運ぶことになる」
「わかりました」
「スイッチは入れたままにしておく？」
「はい、そのほうが」
宅配便の男がアンドロイドの若い女性を担ぎあげると、
アンドロイドは島崎藤村の椰子の実の詩を朗読しはじめる。
「それはなに？」
「島崎藤村の詩です」
「いや、それは知っているけど．．．」
アンドロイドは宅配便の男に担がれて舞台から消える。
彼女の静かな朗読が暗い舞台に響く。
「名も知らぬ遠き島より流れよる椰子の実ひとつ・・・いずれの日にか国に帰らむ」
演劇というものにそれほど興味はないのだが、印象的な舞台だった。
洪水と原発事故。
放射能のために人間が入れなくなったところで、
アンドロイドの若い女性は鎮魂の詩を朗読し続けるのである。
誰もいない海辺で。
多くの人々が帰らぬ人となった海であり、
放射能汚染で避難して帰りたくても帰れない土地。
そこで鎮魂の詩を朗読し続けるアンドロイドの長い長い歳月。
悲しみが後から湧いてくるような舞台だった。
アフタートークでもいろいろと興味深い話があったのだが、
平田オリザと一緒に仕事をしているアンドロイドの研究者は、
人間の動きのなにが人間的なイメージをもたらすのかを研究しているのだそうだ。
今回の若い女性のアンドロイドも、実際に女優に同じ演技をしてもらい、
その動きをすべてコンピューターで解析して、
それに合わせてアンドロイドを動くようにしたという。
確かに見ていて、アンドロイドの若い女性は人間のように動いていたし美しかった。
話のなかには短歌の表現と通じるものがあって勉強になった、
例えば、アフタートークで永田和宏は、宅配便の男が送り状を書いたあとで
手帳を開く演技に着目した。手帳を開いてすぐに閉じる。
劇の流れのなかでそれはなくてもいいような演技で、無駄とも言えるのだが、
そういう無駄が演技のリアリティーに大きくかかわってくる。
短歌の表現に通じるものである。
私は、宅配便の男が「スイッチは入れたままにしておく？」と聞いたときの
アンドロイドの若い女性の答えが印象的だった。
「はい、そのほうが」。
普通なら、というか、ロボット的に答えるなら「はい、そのほうがいいです」だろう。
「はい、そのほうが」で途切れた時、劇を見ている人は無意識のうちにその途切れたあと
を補完する。それは、「はい、そのほうが嬉しいです」かもしれない。
こういう返事の仕方・セリフが劇を見ている人に、
アンドロイドに対してより人間に近い印象をもたらしているはずで、
これも短歌の表現に通じるものである。
そんなこんなで、なかなか面白い企画で大阪まで日帰りで来た甲斐があった。
ちなみに午後からは結社に入った頃からの知り合いと待ち合わせして一緒にアンドロイド
の劇を見、大会が終わったあとは彼女が新大阪から新幹線で帰るので、そこでしばらく
お茶を飲んで話をした。彼女は私が結社に入る前、しばらくネットで歌を作っていた頃
からの知り合いで、私と同じ時期に結社に入ったのだが、その後いろいろ忙しいようで、
今は講読会員になっている。一年に一度、全国大会のときに会って旧交を温めている。
彼女の歌を誌面で読みたいのだが、まだ当分はいろいろと忙しいらしい。
伊丹から飛行機で羽田に着き、首都高を走って家に帰ったのは夜１０時だった。
疲れたが充実した一日だった。
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Date: 2012/08/20(月)
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